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志の堅固な者のみが到達できる!

るちゃんです。


何となく自分の聖書のイザヤ書をパラパラめくっていたら、小さく書きこみをしている聖句に目が留まった。


2009年5月5日 メル・ボンド聖会 毎日300回告白してください!


ということが書かれていたのが、イザヤ26:3でした。


それがこのみことばだ。




実際には、どうしてメル・ボンド先生が最前列に座っていた私の方に来て、そのように言ったのかわかりませんでしたが、通訳の 綾部裕子牧師さんを通してそのように伝えられたのでした。(主がそのように語りなさいと言われたのでしょうね。)


その前の年、私は20年近くも飲み続けてきた向精神薬を突然切ってしまいました。


キッカケは私がひと月分もの何種類もの向精神薬を一気飲みしてしまい、当時通っていた心療内科のお医者さんから「あなたには怖くてもう薬は出せません!」と言われてしまったからだ。


だけど私はそれでもいいと思っていました。


なぜかと言うと、それまで何度も減薬を願い出てはいたのに、その都度「急にお薬を減らすと返って症状が悪くなりますから…」と言われて、減薬ではなく単に薬の種類をとっかえひっかえするだけでした。


なので新しい薬でない限り、名前を聞けばたいていの薬は「あぁ飲んだことある!」と言えるほどなのです。


念のために言っておきますが、私のように唐突に薬を切るのが良いとは思っていませんので、誰かが真似をしてエライ目にあっても私は責任を負えませぬぞ。


なぜなら20年近くも薬漬けだったのだから、それを唐突に切ってどうなったかというと、ハイ、荒れ狂いましたです!


テメー、コノヤロー、バカヤロー、クソババァ!暴言の嵐・・・


感情のコントロールが全くできなくなってしまい、ひとたび腹が立ったら手に届くものをひっつかみ、壁に投げつける!


(もし私が車椅子でなかったらもっと派手に暴れて家を破壊していたかもしれない。)


熱湯の入ったポットをぶん投げる!


皿は次から次へと割る!


そんな時でも内心では、「だめだよだめだめ・・あぁまたやってしまう。でも自分でも止められないんだ。あぁぁぁ~~」という感じでした。


話を戻しますが、メル・ボンド先生にお会いしたのは私がまだそんな状態のころでした。


聖会から帰って悩みました。


こんな意味不明なことばを毎日300回も唱えるなんて冗談じゃないよ。


しかも本当はヤコブ2:20とⅠペテロ2:24も毎日言いなさい、言われたのです。


それでも年齢も40歳になっており、クリスチャンなのにどうしようもない人生を送ってきて、ずっと「どうしたらここから抜け出せるの?」と思い続けてきた私はすがるような思いで300回の告白に挑みました。


志の堅固な者を・・・・


志の堅固な者を・・・・


志の堅固な者を・・・



そうして月日は流れていきました。


実際にはそれらの聖句を毎日300回告白したのは一週間くらいだったと思うのですが、以来私はみことばを第一にするという生活に目覚めていきました。


薬には頼らない、アルコールには頼らない、過食には頼らない。


ただ神のことばのみに自分の人生を置くのだ!


たくさんのみことばを壁に貼ったり、声に出して読んだり、暗記することを楽しみました。


そして、私は本当に全き平安の中に住まう秘訣を習得したのです。


《みことばかえる塾》はそんな私の人生の中に与えらえた神様からのプレゼントであり働きだと思っています。


さて、このサイトでも紹介しているニール・アンダーソン博士の著書「いやし・解放・勝利」の中に今回お話したことにぴったり当てはまることが書かれていたので、一部抜粋して紹介させて頂きたいと思います。




私がもったカンファランスの一つが終わって、数週間たってから、一人の友人がそれに出席したクリスチャン婦人の話をしてくれました。


彼女は数週間深いうつ状態のまま生活していました。友人に頼り、週に三回カウンセリングを受け、さまざなま処方薬を飲んでどうにか生き延びてきたわけです。


そのカファランスの間にこの女性は自分はあらゆる人々、あらゆるものを支えとしてきましたが、神を支えとしてきたことはないと気づきました。


キリストに心配事を委ねたこともないし、彼に頼ったことも一度もなかったのです。


彼女はカンファランスの要項を持ち帰り、キリストにある自分の存在に焦点を当て、神が日々の必要に応えてくださるという確信を持ち始めたのです。


彼女は急激に自分のほかのすべての支えを投げ出し(私はこういうことは勧めませんが)、キリストだけがうつ状態をいやすことができると信じたのです。彼女は信仰によって生き、カンファランスのメモに書かれているように、思いを新たにし始めました。


たった一か月後に彼女はまったく別人のように変えられたのです。神を知るということは成長と解放のために不可欠なことです。



このクリスチャン女性が体験したことが実際、私にも起きたというわけです。(家系の呪いに関しては別問題ですが)


次に、アンダーソン博士が非常に重要なことを語っています。


弟子化とカウンセリングが交差するもう一つのポイントは個々の責任の分野です。クリスチャンとして成長を目指している人なら、必ず他者に訓練されることによって益を得ることができるはずです。そして自分の過去からの解放を求めている人は他者にカウンセリングされることで助けを得るはずです。


しかし最終的には、すべてのクリスチャンのキリストにある成長や解放はその本人にかかっているのです。誰もあなたを成長させることはできません。あなた自身の決意と日々負っていく責任によるのです。


誰もあなたに代わって問題を解決することができません。それはあなた自身が始め、それを続けていく過程の中で起こることです。しかし感謝なことに、私たちは誰ひとりとして自分一人で個人的な成長と解放の訓練の道を通るわけではありません。内に住まわれるキリストがその一歩一歩を私たちと共に歩んでくださるのです。 


ニール・アンダーソン著「いやし・解放・勝利」p10~11


そうです!志を堅固にし、右にも左にもそれず、後ろを振り返ることもせず、前進し続けるのです。


多くの人が私に言います。


「その本を読んだけど私は解放されませんでした。」


「解放のステップをやってみたけれど何も変わりませんでした」


私は言いたい。


本を読んだら解放されるのではなく、書かれている通りにチャレンジし続けることで解放を得られるのだということを!


呪いからの解放はあなたの悔い改めと告白によって神の側がしてくださる領域ですが、偽りを手放し真理に立ち、古い間違った思考を十字架にくぎ付けにして、いつでもみことばによって考え生きる選択をし続ける訓練は、あなたが何年かかってでもやっていかねばならぬことなのです。


神と共に歩むのは、誰かにやってもらうことではないのです。


今までそれをやってこられなかったなら、どうぞ今日、志を堅固にするところから始めて下さい。




今日のあなたの志が、あなたの3年後、5年後、10年後の人生に多大な影響を与えるのです!


イエス・キリストであるみことばと共に歩み続けるその先にあるのは勝利です。


God bless you!



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