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父を求めて

るちゃんです。


今朝、なんとなく昔の出来事を思い出した。


父が豪華客船のダンスクルーズという企画をしたときのことだ。



もともと父は公務員だったが、若いころから社交ダンスを趣味としていた。 サークルも立ち上げ会長をしていた。


仕事を早期退職してのちは、ダンスサークルの活動も本格的になりだし、生徒さんの数はだいたいいつも100名くらいいた。


私も高校生の頃から時々父のサークルに行ってみたりはしたものの、男女組んで踊るというのがどうも苦手だったのであまりやらなかった。(特にルンバなどはおえっと思っていた)


何度も話しているように、私が二十歳の時に両親が離婚してのち、私は重度のアルコール依存症になってしまった。


過食嘔吐も一日たりとも欠かすことなく励んでおり、激ヤセしていた。


そしてあるとき父が、豪華客船ダンスクルーズの旅を企画したのだが、内心私も行きたかった。


父は私が小学生のころからヨットが趣味で、秘密のあっこちゃんのパパみたいな帽子を被ったり、居間にはでっかい木製の舵のオブジェなんかを置いていた。





父のダンスクルーズ企画は恐らく、その前に一緒に見た映画「タイタニック」の影響なんだろうと思う。

レオナルド・ディカプリオのあれね。


踊らなくてもいいから私も船に乗りたいなぁ・・・と思っていた。


千葉県から北海道まで航路を走り、上陸せずにまた帰ってくる。(上陸しないというのがカッコいいんだと父が言っていた)


でも私は見事置いて行かれた。


三日ほど家で一人で留守番をしている間、当然のことながら大過食に陥り、挙句の果てに連続飲酒にハマった。


真夏だったのだけど、クーラーが嫌いだったので思い切り蒸し暑い部屋にいた。


2階の自分の部屋に一度も行かず、ずっと居間で飲んだくれ、ソファーで寝ていた。


あまりにも暑くてパンイチで寝ていたらとんでもないことが起きた。


玄関のカギを開けっぱなしで、ポストの新聞も取っていなかったので、近所の親戚のおばさん二人が心配して家に上がってきたのだ。


私は酔っぱらってぐっすり寝ていたので、気が付いたらおばさん二人が私を見下ろしていた。


当時30歳くらいだったと思うが、姪っ子がパンイチで酔っぱらって寝ている姿を見たおばさんたちは、見てはいけないものを見てしまったといった感じで、あわてふためいて帰って行った。


あぁ夢であってほしい・・・そう思ったけれどそれは残酷な現実だった。


父がダンスクルーズから帰ってくるころにはさすがに酔いも覚めていた。


私は決して父と仲良しではなく、コミュニケーションもほとんどなかったけれど、やっぱり父が帰ってきてくれて嬉しかった。


お土産があると言って、父はバッグをごそごそやっていた。


上陸しないのにお土産ってなんだろと思ったら、ディナーで出たパンがすごくおいしかったのでお前にも食べさせてやろうと思って持ってきた、と言って父にパンを手渡された。


ペーパーナプキンでくるりと巻かれたパンは、私にはなんだかとても悲しかった。


摂食障害だから食べ物は困るんだってわかってるはずなのに・・・


いやいや、乾いたパンってなんだよ・・・・


よその着飾ったおばちゃんたちと豪華客船で踊って楽しんで、娘には食べかけのパンかよぉ~~




母が家にいたころは、母も一緒に社交ダンスをやっていて、私は両親が踊っているのを見るのが嬉しかったけれど、もう父の相手は母ではなかった。


そんなことも、胸のずっと奥のほうに汚らしい泥沼が広がっていくようなそんな気持ちだった。


父の関心ごとは、家族のことではなく、いつも外に向かっていた。


もしくは自分自身の趣味のことばかりだった。


振り返って思うのは、私はすごく寂しかったのだな。


父が与えてくれる安心感というものを一度も味わったことがなかった。


人は誰でも、父親が必要なんだ。


そして、せっかくクリスチャンになって天地宇宙の創り主なる神様の子供になっても、無意識のうちに肉の父親というフィルターを通して神を見てしまうのだ。


他のクリスチャンが「わたし、イエス様だぁ~~い好き!神様だぁぁ~~い好き!!」なんていうのを聞くと、心がモゾモゾしてイライラした。


なんでそんなに単純に、神様大好きって言えるのだろうか?


私が神様を愛せない不届き者なのだろうか?


すごく悩んで長年とても辛かったのだ。


「わたしの目にあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛してる」などというみことばをかけられると、ジョーダンじゃねーよと怒り狂っていたのだからそうとう病んでいたのだ。


そう、私は中学1年生のときに洗礼を受けていたけれど、その後もずっとサタンの偽りに騙されていて、自分が神に愛されているということが全くわからなかった。


心理学の世界の話だったか、「親替え」という言葉がある。たしかそう。


機能不全の家庭に育って、親に暴力を振るわれたり、ネグレクトされたり、親の愛を知らないままの人たちが、「親替え」という作業をするらしいのだが、世の人たちがどうやってそれをするのか私には理解できない。


だからクリスチャンでよかったとつくづく思う。


私は確かに「親替え」できた。


誰かが私に、「あなたのお父さんは誰ですか?」と聞いたなら、即答で「天の父なる神様ですよ。」と答えられる。


以前は両親のことで毎日心が苦々しくてお酒や過食や向精神薬にハマっていたけれど、今は自分が神の娘であるというこれ以上素晴らしいアンデンティティーはなかろうという状態に自分を置くことを知ったので、平安を取り戻したのだ。


そして、昔の父のことを思い出しても、それは苦々しさとは分離している感情であって、あんなこともあったよなぁ~というレベルなのだ。


父は今天国にいる。


ギリセーフで天国に行ったのだけど、いつかまた会えるのでその時はいろいろ話したい。


あるとき父が言った。


「お前の摂食障害が治ったら、そのことを本に書けよ。ほかの人を助けろよ。」


内心、お前のせいで摂食障害になったんだろうーがと思っていたけれど、スーパーよい子ちゃんの私だったので、「そうだね、パパ」とうまく答えていた。


あれからずいぶん月日が経つが、今そうなれていたらとても嬉しい。






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